現在32歳(2013年7月現在)、フィリピン・セブ島でオンライン英会話事業を準備中
徳島という田舎生まれ、田舎育ち。 高校まではサッカー小僧。ヌクヌクと温かい家庭で育つ。
1浪して入った京都の大学で人生が激変。苦学生として、1年の休学を挟み、5年間大学に通う。ちなみに京都の飲み屋街・木屋町の存在を知ったのは5年目。。。(歌を歌うので見に来てと友人に言われるがどこかわからず。)その後は千葉の大学院に。
専攻は政治思想史、政治哲学という超マニアックな学問で、研究者を目指す。心の師は、丸山真男ら多数の学者・偉人。
ただ飯が食えぬ、先が見えぬという現実に就職を決意(今でも忘れぬ、2月7日)。どうせ就職するなら、大好きな北海道で、と3日後に行った最初の合同説明会。そこで話を聞いた新聞社を第一志望に就活開始、3ヶ月後そこに見事内定。
新聞社には3年9ヶ月勤務。編集業務3年、外勤記者9ヶ月。自分の能力の無さに絶望する日々が続くが、仕事のイロハを教わる。いや、泣きそうになっているところを無理やり叩き込まれる。編集部署の間は、NPOの設立を手伝ったり、ホームレスの支援もする。仕事の後、サッカーしたり、コーヒーにハマる至福な時間も過ごす。部署異動後は、毎日16時間以上仕事、休みはほぼなし。でも地元の人たちとの交流は最高。旬の食材もたくさんいただく。辞める時、担当の町の町長が仕事の紹介をしてくれたのも良い思い出。
仕事を辞めたあと、29歳で初の海外旅行。ゼロ英語で、一人旅のタイ・インド。2カ国についての本を読んで旅行に行くも、その時、使えた英語は「How much」「Here」「This」の基本3つ。現地の人達と深い会話ができずにショック。この体験により、英語が話せるようになりたいと強く思う。そのため、徳島でイベントの企画・運営をやった後、ワーホリで1年間オーストラリアに渡る。
その後2週間だけ帰国し、より英語を勉強するため、フィリピンへ(フィリピン留学)。韓国系・日系の語学学校に計4ヶ月通った後、語学学校CNE1でインターンを3ヶ月、セブ島のオンライン英会話マネージャーの現地採用で9ヶ月、計約1年間英会話関係の職場で働く。仕事は、デモレッスンで自分より英語ができるフィリピン人の発音、文法などをチェックしトレーニングするなど。
現在ココ。
好きな言葉は、高杉晋作の「おもしろき こともなき世を おもしろく」。
関心は、制度と思想の相互作用のダイナミズムと、子供達の可能性。
まだまだ目標はあるけど、教育の実践者として一歩一歩実現するのみ。どうぞよろしくお願いいたします。